今回は初めての首長OBへのインタビューとなりました。

お話をお聞きしたのは、元滋賀県湖南市長の谷畑英吾さん。

知識と経験抱負な谷畑さんだからこそ実現した濃いインタビューとなっております。これからの地域社会や日本全体のことを考えるきっかけとなれば幸いです。

本インタビュー記事は、前後編の前編になります。

【インタビュー実施日:2021年8月25日】

kanno インタビュアー:株式会社MAKOTO WILL 代表取締役 菅野 永

地方銀行、公務員を経て2015年1月にMAKOTOへジョイン。2018年7月にMAKOTOグループ化に伴い、MAKOTO WILL代表取締役就任。

 

 

市長を志した経緯

 

菅野:本日はお時間いただきありがとうございます。

まずはじめに、県庁の職員から市長になられたときはどういう思いやきっかけがあったんですか?

 

谷畑さん:そうですね。最初は町長でしたが立候補しようと考えたのは、うちの町が混沌とした状態になっていたからですね。

 

県庁職員時代は県庁内で何でも屋をやっていたんですよ。

地方分権・行財政改革推進室という所に配属されて、2000年の地方分権改革をどのように県内に反映していくのかということに頭を悩ませていました。

 

この地方分権改革は明治憲法下の官僚制度を解体するという取り組みだったのですが、

官僚は国の公務員であり、地方公務員は地方自治体の公務員であって国の出先機関や国の手足ではない、ということを地方分権改革で明確にしたんです。

地方自治法を大改正して475本の法律を一斉に変えてですね、国と地方の関係を上下主従の関係から対等協力の関係に変えたわけですね。

そして、地方を縛っていた機関委任事務制度を廃止。国庫補助負担金を整理して、国と地方は別団体ですよということを明確にしました。

 

今までだと国が指導をして、国の言うことだけ聞いてれば責任が無かった地方公共団体が、そこで言ってみれば親が手を離すような状況になったんですよね。そうしたら地方は自立しなければならないわけですよ。
今までは国の指導だったわけですけれども、住民自治をしっかりと機能させながら、団体自治ができるようにしなければならないというのが県庁職員時代の私の使命感でした。

地方分権改革自体が国から地方にという流れでありましたけれども、県においては県庁の内部を改革しなければならない。そして、県と市町村の関係性もちゃんと整理しなければならないし、県民参画の制度も作っていかなければならないということで、県庁内でいろいろ言われながらやっていました。

そういうことをしながら、ふと自分の町を見ると「何だこれは」というような状態でした。

財政調整基金も当時の現職が1期4年間ですべて使い果たしてほぼゼロの状態。にもかかわらず、ばら撒きをやっていて現職が怖いということで対抗馬が出ずに、無投票で町長が当選しそうな状況でした。これでは完全に民主主義は死んでしまうだろうなと感じていました。

 

そして、色々と悩みながらも決断して、町長選に出たわけですよ。現職を恐れてみんな逃げていましたけどね。ただ、選挙が始まったら声なき人たちがみんな私を応援してくれました。政治屋達はみんなこれまでの方についていたけれども、流れができたらみんなこっちについてくれて、当選することができました。

現代の政治家について

 

菅野:県の職員時代や選挙活動、市長時代を通じて、谷畑さんが思う日本の政治や政治家の変化について詳しくお聞かせください。

 

谷畑さん:それはですね。いろいろあるんですけれども、やっぱり大きいのは戦後の拡大傾向がひとつ頭打ちになったということ。

そして、米ソ冷戦体制が崩壊をして、緊張感が一気に無くなってしまったこと。

それから、内向き志向になって国内でたたき合いをするような形になってしまっていること。

これらによって、政治が大きく変わりました。

 

二つ目の米ソ冷戦体制崩壊の前にも日米繊維戦争や日米金融摩擦が行われていて、第二の敗戦というのもあってですね。

外に向いて行けないので結局、国内でたたき合いをするような構図ができてしまったのかなと思います。

その構図の最たるものが、他人が成功しているのをうらやむ空気ができたことですね。特にお金を稼ぐ人は悪だみたいなところがありまして。それは新自由主義で増幅されるんですけれども、やはり国内で頑張っている人が悪とされるというか、そういう形で同じ立場にみんな立たないと納得できないような民意ができてしまったんじゃないかなと思います。

 

この民意が形成された原因のひとつが、政治資金制度改革と銘打って行われた政治改革でした。結局は選挙制度改革に矮小化されてしまったのですけれども、その選挙制度改革によって衆議院の小選挙区比例代表並立制に変わり、政治家の質と規模というのが極端に矮小化してしまったということが政治を大きく変えてしまいました。

中選挙区制であれば何人かの中の一人で生き残ることができるんですけれども、小選挙区制は一人しか生き残らないわけですので、それ以外はすべて無駄がそぎ落とされてしまう。

したがって、政治の世界における冗長性というものが無くなってしまうんですね。

だから、万一の時にもリタンダンシーが失われてつま先立った政治しかできない。

しかも、政治家たちは生き残ることだけが目的になってしまっている。国や地方ではなくて、公認をしてくれている党の方しか向いていないように、非常に政治家としてはいびつな存在になってしまっているんです。

つまり、勝ち残らなければゼロになってしまう。

ということは、一人しか生き残らないので相手候補よりも一票でも多く票をとらなければならない。そうなると、やはり地道にコツコツと意見を聞いて信頼感を集めていくというよりは党本部のネームバリューによって、その党に対する支持者を投網のように引き寄せるということの方が魅力的になるんですね。

 

菅野:なるほど。

そもそもの要因、きっかけというのは日本の国際的な立ち位置などといった外部環境の変化と内部の制度改革の影響が大きいのですね。

 

谷畑さん:そうですね。それともうひとつは人口問題だと思います。

高度経済成長を引っ張ってきたのは、団塊の世代の旺盛な内需。それに加えて、規模の経済で外需に対する食い込みもあったんです。

しかし、日本の経済自体もともとは内需と外需の双方が強かったにも関わらず、外需は後発国にやられて、内需は人口減少と高齢化で先細っていっているという中においてどうしようかといったときに、小泉竹中路線の新自由主義がありまして。

結局見かけ上強い所だけ伸ばしていけば、後はみんなそれにぶら下がればいいんじゃないかというような発想を重ねながらここまで来たんですね。

 

当時はですね、累進課税をしてお金持ちから税金を取るとその人たちは外国に逃げてしまうのではないかという議論があったわけですけれども、お金だけで逃げるような人っていうのはごく少数で、やはりその国が大事だから国に残るっていう人だけで何とかまとまればそれで良かったんじゃないかと思います。

それを極度に新自由主義の方に舵を切りすぎてですね、

諸外国は自国を守ろうとするのにかかわらず、日本は原理原則がまず大手を振ってしまいますので、それが異論をはさませないといった状況を作ってしまっています。

実はそういったときに、その空気を破壊するっていう人が出てこないっていうのが、今の日本の社会の非常に危うい所なんだろうなと思いますね。

空気を読む日本人

 

菅野:空気っていうのをすごく気にする世の中にどんどんなりつつあるのは、SNSやメディアを見ていても世の中の雰囲気としてすごく感じるところが私個人としてもありますね。

 

谷畑さん:それは昔から一緒なんですよ。幕末から近代史、現代史をずっと見ていてもみんな空気に支配されるんですね。

でもそれは誰かが打ち破らないとみんな気が付かない。気が付いたら後で何であんなことしてたんだろうって思うんですけど。

 

菅野:山本七平さんの空気の研究という本もありますね。

 

谷畑さん:ありますね。さらにですね、『空気の研究』にひき続いて池田信夫の『空気の構造』という本もあります。

 

菅野:空気を過剰に読んでしまうのは日本の国民性なのかもしれないですね。

 

谷畑さん:そうですね。

だからそういったときには、この間、全国青年市長会の総会でもお話ししたんですけれども、本当は僕ら若手市長が水を差さないとならない。

空気が充満してみんな息苦しいというのに、もがきながら苦しみながら我慢をするというのが日本の社会なんです。

やっぱりそこで誰かがこの空気おかしいじゃないかと、このままだとみんな窒息死してしまうぞと声を上げないといけないですよね。

 

だから、それを小泉改革の頃はその声を上げたというのはそれはそれでいいわけですね。

あの頃はいわゆる日本病みたいな形で、団塊の世代がそろそろ役職者になりつつあり、その役職者が多すぎて組織がみんな片っ端から疲弊をしていくというような状況にありました。

それではまずいだろうということで声を上げるというのは良かったのですけれども、上げた声が大きすぎて、それがまた原理原則になってしまって、弱い人たちが団塊世代が通過した後も同じ原理原則で苦しめられ続けるというような状況が続いているというのが日本の不幸だと思います。

 

だから、その時の状況や環境に応じて制度を変えていかなければならないのに、小泉改革路線がそのまま惰性で続いてきてですね、一時的な方便として対応しようとした改革が定着化して構造化してしまっている。

その時に高齢者が優遇されているのはけしからんと言って高齢者の処遇を落としたものが、その時の若者が高齢者に差し掛かったところで今度は低い処遇で対応されざるを得ない状況に追い込まれてしまっているというような状況なのではないかなと思います。

そこでもう一度小泉改革路線を見直して、どうすれば日本がもう一度力を発揮できるような国になれるのかと考えると、一から青写真を引き直さなければならないのかなと思いますね。

 

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『前編』はここまでとなります。お読みいただきありがとうございました。

続きは『後編』になります。

〈後編のインタビューテーマ一覧〉

・これからの地域社会に必要なこと

・教育現場の改革

・谷畑さんの芯の強さについて

後編は以下のリンクよりお読みください。

 

|→ 【元湖南市長 谷畑英吾さんインタビュー 後編】元市長が考えるこれからの地域社会と日本とは?

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