今回の首長インタビューは、宮城県塩竈市の佐藤光樹市長。

塩竈市は1200年の歴史を誇る塩竈神社や天然記念物の塩竈桜など、とても魅力に溢れたまちです。

高齢者が歩きやすい道路づくりや、子どもたちに夢を持ってもらうための国際交流事業など、将来に対する投資を大切にしたまちづくりを進めています。

塩竈市の魅力や、将来の展望について佐藤市長にお聞きしました!

 

「父のようになりたい」から始まった政治家への道。あこがれから現実へ。

私の政治家生活の始まりは、父からの影響でした。

私の父は市議会議員、県議会議員をやっていましたので、幼いころからそんな後ろ姿を見ながら育ってきました。そうして私はいつの間にか「政治家になろう」と考えはじめ、小学校6年生のときの卒業アルバムには「父のようになりたい」と書いたことを覚えています。

 

それまでは漠然と「父のようになりたい」と考えていましたが、18歳から父の運転手を担当し、父の働き方や考え方を学ぶようになりました。その後も大学卒業後から27歳まで秘書として父の仕事を手伝い、そこで仕事の仕方や厳しさを知り、使命感とともにやる気に満ち溢れるようになっていました。

 

そうして政治家になることを決意していた私ですが、1回目の県議会議員への挑戦は落選しました。そこから4年間は運転代行やホテルの皿洗いのアルバイト生活。2回目の挑戦で当選することができ、県議会議員、議長を務めさせていただき、現在に至ります。

 

東日本大震災で目の当たりにした光景。そこでの経験を先へと活かす。

塩竈市は災害が多い地区で、台風や水害、大雪など多くの災害との戦いがあります。海も近く、埋立地も多いため、道路はすぐに冠水してしまうという問題もあります。

 

特に大きい災害と言えば、やはり東日本大震災。

当時私も議員として経験をしましたが、本当に大変でした。まちは流され、多くの方が被災した状況を目の当たりにしました。今でもあの時の光景は忘れることができませんし、忘れてはいけないと思っています。

私の場合、家族は無事でしたが、家を流されてしまった。同じような経験をされた方もいますし、ご家族を亡くされた方も多くいます。被災された多くの方の人生があの日を境に、大きく変わりました。

 

このつらい経験を絶対に忘れてはならないし、この先に活かしていかなければならない。つらい経験があったからこそ、今でも大雨や台風など災害の予報があれば、すぐに現場に駆け付けます。

現場の写真を撮影し、近所の方の声を聞く。そしてそれらを持って役所に行き、対応をするようにしています。日中はもちろんですが、夜中でも関係なく必ず駆け付けるようにしています。

あのときの経験が、はっきりとどのように生きているのかはわかりませんが、危機に対する意識は、他の人よりも何倍も何十倍も高く持っています。

 

多くの新聞やテレビニュースなどで震災の被害が報道されましたが、感じたことは「人の命は数字だけでは語れない」ということ。倒壊した家屋が〇件、亡くなった方が〇人など、数字で報道されますが、現場には人の心がある。その重さを強く感じました。

人それぞれに違う心の傷を負っています。だからこそ言葉一つで傷を深くしてしまう可能性があります。簡単に傷は癒えないので私自身十分に気を付けていきたいと思っています。

 

とても大きな被害をもたらした東日本大震災での経験を、今後の行政にどう生かしていくのかをしっかりと考えなくてはいけないとも考えています。限られた予算の中、思うようにいかないことも多くありますが、それでも動いていくことがまわりを巻き込み、そして自分自身の熱量にもつながっていくと信じて行動していきます。

 

山積みの課題。若手とともに正直な行政を。

東日本大震災からの復興はほぼ完遂しました。

ただし、離島に関してはまだ足りていないところがあるので、漁港の整備などに力を入れています。被災から10年経ち、おおむね目標通りに来ています。それは前市長や議員含め、関わってくださったすべての方々のおかげだと思いますし、とても感謝をしています。

 

現在、塩竈市では、市立病院や市役所庁舎、ごみ焼却場などの公共施設の老朽化という問題に直面しています。それだけではなく、高齢化や少子化による学校の再編など、課題は山積みです。

 

そうした状況ですが、まずはひとつずつ課題の整理をしていくことが大事だと考え、若手を中心に取り組んでいます。「なぜ若手が中心なのか」という疑問もあるかもしれませんが、それは経験を積んでもらうためです。若い職員はまだ視野も狭く、経験も浅い。だからこそ多くの先進事例を全国に見に行く経験をさせてあげたいと思っています。予算に限りがあるなか、どのように喫緊の課題を解決するのか、研修や勉強会もおこないながら若手を中心に今後も進めていきます。

 

何よりも次の世代に迷惑をかけてはいけないと思っていますし、課題にも目をつぶらず、正直にしっかりと説明をおこなう行政でありたいと思っています。

自治体と共に地方から日本をおもしろく