今回の首長インタビューは、山形県米沢市の中川勝市長。

米沢市は米沢牛やりんごなどの食べ物のほか、上杉鷹山を輩出したまちとしても有名です。
そして市民の方との協力体制を大切に、魅力あるまちづくりをおこなっています。

米沢市の魅力や、将来の展望について中川市長にお聞きしました!

 

子どもたちが残りたくなるまちへ。今あるものを大切に市を立て直す。

私の実家は床屋を営んでおりましたので、私は将来家業の跡取りになるだろうと漠然と考えておりました。一方で、米沢市は歴史のあるまちで、むかしから文化や政治についての話もいろいろと耳にしていたことを覚えています。
大人になった私は、人と人との繋がりから政治に関する手伝いをするようにもなっていました。そんなある日、「市議会議員に立候補してみないか?」と声がけをいただき、立候補を決め、当選。当時32歳だった私には、子どもが二人おり、その秋には3人目が生まれるタイミングでした。

その後「子どもたちに将来米沢市に残ってほしい」と考えた私は、米沢に残ってもらえるまちづくりを進めたいと考え、市長選にも出馬し、現在に至ります。米沢市は人口減少による小中学校の統廃合、大きな病院の建設など、財政再建も踏まえ、いくつもの課題を抱えています。
私は「住民のために行政はある」と考えていますし、選んでくださった皆様のためにも約束したことは守らなければならないと考えています。米沢市はもちろん、どのようなまちにも良いものはありますし、無いものもあります。だからこそ、今あるものを大切に市を立て直す必要があります。
これまでふるさと納税にも工夫を凝らし、財源確保にも見通しをつけることができました。

 

働く場所の確保。そして心が通い合うまちづくりへ。

子どもたちに米沢市に残ってもらうためには、働く場所がなければどうにもなりません。若い人たちは都会の魅力やあこがれから、外に働きに出てしまいます。
しかし米沢市にも歴史と文化があり、県内でも有数の魅力あるまちであることは確かです。そこで、高速道路が開通したことに合わせ、ストック効果を活して企業誘致をおこないました。結果、10社ほどの企業様に来ていただくことができました。何もかもすべてを米沢市で完結するというのは難しいですが、これからどうしていくのかを見据えて動いていかなくてはなりません。

そして「米沢市に生まれてよかったな」と感じられるような、心が通い合うまちづくりをしていきたいと考えています。そのためには住民の皆様との協力も大切になります。まちづくりは行政だけでおこなうものではなく、民間企業、そして住民の皆様と共同で考えていくことが大切だからです。

 

健康長寿日本一のまちへ。まずは食生活の見直しを。

子どもを含め、若い世代への対策も大切ですが、同様に高齢者についてもしっかりと考えていかなくてはなりません。少子高齢化の流れはこれからも避けては通れず、必須の解決課題です。そこで米沢市では、高齢者が元気に生活できる環境づくりを進め、健康長寿日本一を目指します。具体的には社会の一員として、何かの仕事に携わっていただいたり、地域活動で活躍していただいたりすることで、いつまでも元気に暮らせるまちづくりを進めます。

まずは食事の減塩をすること。米沢市は内陸地のため、新鮮な魚が手に入らず、塩漬けを食べる機会が多くありました。それに漬物も美味しい。そのために塩辛いものが食卓にあがる機会が多く、脳卒中や高血圧の原因になっていました。それらを避けるため、食事を減塩にしていく。

この活動の支援をするためにも管理栄養士を輩出するための栄養学を学ぶ大学を設立しました。こうした活動の効果もあり、これまで県内最低だった特定検診受診率も少しずつ上ってきています。悪くなる前に治し、健康で長生きできる生活を推進していきたいと思います。

これから米沢市は、市自体をブランド化していきたいと考えています。どういうことかというと、これからのものづくりというものは、いかに付加価値をつけていくのかが重要になります。そのために、「ヒト」「モノ」「コト」それぞれを磨いていき、それぞれをブランド化します。その結果、米沢市全体をブランド化することが可能になります。大切なことは、住民の皆様との協力関係です。

今後これまで以上にその意識を高めていきたいと考えており、皆様の要望にお応えできる行政で在りたいと考えています。一番大切だと考えていることは、市民の皆様が元気で明るく暮らすこと。資源はあるのでそれをいかに使いこなして、どう生かしていくか、それこそが地方創生だと感じています。