今回インタビューするのは、当社代表の菅野 永(かんの ひさし)。

菅野さんは大学卒業後、地銀、公務員というキャリアを経て、2015年に一般社団法人MAKOTO(現在、MAKOTO WILLはグループ会社化に伴い、分社化)へ入社。

投資先への出向や自治体事業の立ち上げ等を経験し、現在はMAKOTO WILL代表取締役として会社の舵取りを担っています。

そんな菅野さんに、「地銀→公務員→ベンチャー経営者」というキャリアについてや、WILLの経営理念などについて、たっぷりお聞きしました!

佐藤 柊 SHU SATO

東北福祉大学在学中。2019年4月にインターンとして参画。
広報・マーケティング等に従事し、社外では、仙台市を中心にまちづくりに取り組む団体「せんだい未来会議」の代表も務める。

苦悩したファーストキャリア

 

-現在はベンチャー企業の経営者である菅野さんですが、大学卒業後は七十七銀行に勤められたんですよね?

そうですね。

当時ハマっていたバイクを続けるために、東京ではなく、自然のある仙台で働こうと考えていました。

就職活動がちょうど震災があった年で、採用の募集が早期に再開した七十七銀行から内定をいただいたため、七十七銀行に就職を決めました。

 

-それから七十七銀行に就職するも3ヶ月で辞められたそうですね。どうしてですか?

七十七銀行では、研修の前に支店で一週間、窓口の後方支援を行いました。

手形の処理やハンコなどの事務的な業務が多く、椅子にじっと座ってるのが耐えられませんでしたし、上司やルールとも馴染みませんでした。

また、入行して最初の週末に、当時ハマっていたモトクロスの練習中に背骨を骨折しました。

研修期間の殆どをベッドで過ごすことになり、新社会人としては底辺からのスタートでした。

入院中は、とにかく「これからどうしよう」と考えていました。

銀行が合わないことは痛感しましたし、社会にどんな仕事があるのかもわかっていませんでした。

人の役に立ちたい、仕事でワクワクしたいという気持ちを満たしたいけれど、そんな気持ちを満たせる仕事があるのだろうか、「自分は社会不適合者なのか?」とも思いました。

新入行員を代表して頭取から辞令交付を受けたりと、期待していただいていたにも関わらず、結果的には研修を早期離脱し、退院と同時に辞表を提出しました。

七十七銀行には今でも申し訳ない気持ちと、数ヶ月の在籍でしたが仕事の基礎を学ばせていただいた感謝の気持ちで一杯です。

 

北海道庁で自治体支援を経験、自分の無力さを痛感

 

-その後、北海道庁に転職されていますが、そこではそのような経験をされたのでしょうか?

「社会貢献に直結する仕事がしたい」「仙台を離れて地元を俯瞰できる経験を積みたい」という想いから転職しました。

道庁では道内市町村の支援をする部署に配属となり、市町村の行財政支援や公営企業の経営支援業務を担当していました。

東北地方と同様に人口減少や過疎化が進む北海道での自治体支援の仕事を2年弱経験し、私の原体験となっています。

 

-その中でも、特に印象に残っていることを教えてください!

中でも強烈に印象に残ったのは、財政再建団体になった夕張市を担当したときの経験です。

炭鉱で栄えた後、過度なインフラ投資などで自治体経営を誤り、財政破綻に至った自治体なのですが、建物の多さに比べてアンバランスな人通りの少なさに衝撃を受けました。

まるでゴーストタウン、役場もガラガラで、日本にもこんな街があるのかと当時思いました。

役場も、人員も給与も限界まで絞って必死に再建を目指しており、なんとか力になりたいと思いましたが、自分の無力さを痛感するばかりでした。

それから、もっと人の役に立てる力をつけたいと、転職を考え始めました。

 

MAKOTOにジョインし、人生の転期に

 

-その後、MAKOTOに転職することになりますが、会社のことは何で知ったのでしょうか?

私は大学時代からソーシャルビジネスに興味があり、MAKOTOはそういった文脈で知っていました。

クラウドファンディングなどをやっていたと理解していたのですが、2、3年経って改めて見た時には、VCを始めるなど更に発展していて驚きました。

安直にも、ベンチャーで働けばもっと成長できると考えていた自分にとって、地元仙台で立ち上がったばかりのVCだったMAKOTOはうってつけの環境でした。

人の役に立ちたいという気持ちと、ベンチャーならではの会社の勢い、ビジョンの大きさに惹かれて、2015年の1月にMAKOTOにジョインしました。

 

-MAKOTOでは、これまでどのような経験をされましたか?

これまでは投資先への出向や、自治体事業の立ち上げに関わるなど、様々な経験を積ませていただきました。

投資先である福祉事業所では、事業所で販売していた宅食の営業や配達を行いました。

また、並行して人・組織系にも関わり、採用業務なども広く担当していました。

出向期間が終わる頃には、宮城県丸森町をはじめとする自治体連携事業が立ち上がり、私もこのプロジェクトにジョインしました。

それから自治体事業の拡大に伴い、福島県庁、宮城県の川崎町・角田市、秋田県の横手市・湯沢市、などいくつかの自治体を担当し、創業支援やベンチャー誘致に携わりました。

2017年末には、MAKOTOのグループ化が決まり、自治体連携事業はMAKOTO WILLとして分社化することになりました。WILLの代表は事前に決まっていたわけではなかったので、経営を経験できる良いチャンスだと思い、代表に自ら立候補しました。

 

経営理念の意図と働く仲間について

 

-経営理念には、どんな想いが込められていますか?

まず、WILLにおける経営理念は、短期的な経営環境に左右されない普遍的な思想、命の使い方に対する考え方のことを指しています。

限りある命をどう使うかを考えた時に、自分だけハッピーな人生を送れたとしても、それでは死ぬときに絶対に後悔すると思うので、「人の役に立つことで、人生の価値を向上し続ける」という理念に掲げました。

また、自分の死後も機能し続ける仕組みやサービス、企業を、この世の中に残していきたいと強く想っています。

これから地方の企業は衰退するといわれていますが、そうなれば最終的には働く人や家族にもしわ寄せがいくはずです。

こういった事態を防ぐためにも私たちは、地方の中小企業や地方自治体の経営課題に寄り添い、自社サービスを通じて、感動と幸せを社員とお客さんに届けていきたいと考えています。

これを体現できる強い企業をつくっていきたいです。

 

-MAKOTO WILLでは、どんな人と働きたいですか?

もまずやってみて走りながら考えるようなタイプの人と一緒に仕事がしたいですね。

企業における人材は極論して言えば、「アクション型の人」と「支える人」の2パターンに分けられると思います。

現在のWILLには「支える人」が多いので、第二創業期である今は会社や事業の推進力を生むためにも、「アクション型の人材」を増やしていきたいです。

「まずやってみる」が現在のWILLのバリューの一つになっていますが、「おもしろそうだからやってみよう」といったノリの良さ、フットワークの軽さを持った人材をお待ちしています。

 

-菅野さんのこれまでの原体験や理念に込められた想いがよく分かりました。貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!